Interview

「この成功は、文明を前に進める」ANRI×Turing対談

Turing株式会社

シードラウンドで総額10億円の資金調達をし、さらに勢いを増すTuring。将棋AIで名人を倒した後の次の目標として「We Overtake Tesla」を掲げた山本一成さんの挑戦は、常に注目の的です。山本一成さん(以下、山)とANRI株式会社のベンチャーキャピタリスト丸山太郎さん(以下、丸)にお話を聞きました。

Turing

『We Overtake Tesla』をミッションとして、完全自動運転EVの量産メーカーを目指す。社員数は41名。2022年にシードラウンドで総額10億円の資金調達を実施。千葉県柏に走行実験が可能な本社を構え、ANRIが運営するインキュベーション施設「CIRCLE by ANRI」にも入居。


Teslaを倒せるのは「Teslaを倒す」と言っている人だけ

──山本さんと言えば、将棋名人に勝った将棋AI「Ponanza」を作ったことで有名ですよね。この将棋AIを作ったきっかけは何だったのでしょうか。

:もともと将棋が大好きだったこと、そして「みんなが来ないと思っているけれど、絶対来ると信じられる未来に賭けよう」という思いで将棋AI「Ponanza」を作ったのが2008年頃のことです。10年ほどこの研究に費やし、将棋名人に勝つことができました。確かに当時は誰も想像できなかったことですが、客観的に見ればAIはどんどん強くなる。現在は、この「絶対来ると信じられる未来」としてAIによる完全自動運転を行う自動車メーカーを目指して研究を重ねています。

:Turingは「We Overtake Tesla」を掲げていて、ホームページでも堂々と宣言しています。創業間もない小さなスタートアップがいきなり最大級の競合であるTeslaを倒すなんて、無謀に聞こえるかもしれませんが、僕はできると信じています。
:Teslaを倒せるのは、「Teslaを倒す」と言っている人だけですからね。AIによる自動運転という大きな変革の時には、スタートアップがチャレンジできる要素は少なからずあると考えています。

自動運転される車内での打ち合わせから資金調達まで

──詳しいお話を聞く前に、まずはお二人の関係について初めて出会ったのはいつだったのでしょうか?

:初対面は2021年です。当時すでに山本さんはPonanzaで有名な方だったので「あの山本さんに会える」という感覚でした。

──この時、ANRIとしてはすでに投資することを決めていたのでしょうか?

:ANRI代表の(佐俣)アンリさんと、「一度自動運転の研究がどんなものなのか、実際に見てみないとわからないよね」と話して実際に走行実験をしているところに出向いて、当時実験中だった車に乗せてもらいました。当時のプロトタイプは、ミニバンに安価なウェブカメラがついているだけ。通常の自動運転車は高価なセンサーやカメラが何個も装備されているものなのでビックリしました。このシンプルな装備とTuringチームが書いたコードにより私有地の角を4回曲がり続けて、敷地内をぐるぐる回っていました。

:当時のプログラムは、画像からコーナーを判定してハンドルを回すというごくシンプルなものでしたね。その車内で、1時間くらい打ち合わせをしましたね。

:この時の体験がとても面白かったのを覚えています。最初は「おぉーっ」と自動運転されていることに驚いたり、恐怖を感じたりしていたのが、だんだん慣れてきてそれが当たり前の状態になりました。「自動運転ってこういう感じなのかも」とほのかに実感した瞬間でした。ANRIとしては山本さんのような能力が非常に高い存在が、自動運転のような壮大なテーマに挑戦するのであれば応援したいと思っていました。もちろんこれだけが決め手ではありませんでしたが、僕とアンリさんの中では投資したいという熱はこの時点で高かったと思います。

──実際に投資を受けることが決まった時のお気持ちはいかがでしたか。

:「よかった」というのが率直な感想でした。どんな道を進むにしても、いつかはVCに入っていただかないとうまくいかないと思っていたからです。中でも名門的な存在であるANRIに投資していただけたのは嬉しかったです。資金調達としては、お金が調達できればそれで良いのかもしれません。けれど、初回の資金調達で誰が支援していたかが、後々大きな意味を持つようになるのです。実績のあるVCに見染められ、選ばれるということは、金銭的なこと以外にも大きな意味があることだと思います。


「目」ではなく「脳」を作ることで完全自動運転を実現する

──現在のTuringと、Turingが作る自動車について教えてください。まず、どんなAIを使って自動運転を実現させるのでしょうか。

:Turingが作る自動車で実現したいのは、大規模ニューラルネットワークによるAIによる完全自動運転です。オブジェクトを発見してそれを避けられれば運転ができるならば、逆説的に既に完全自動運転ができているはずです。けれど、人は「目」で運転しているのではなく、「脳」で運転している。完全自動運転を実現するには巨大なニューラルネットワークによってこの世界のルールや、人間、自動車を理解できるAIが必要なのだと考えています。

──「目」ではなく、「脳」を作る必要があるんですね。

:例えば狭い道に車が二台前後から入ってきたとします。どちらかが脇道に入って道を譲るため、ある種の交渉が発生するでしょう。この時に、どちらが脇道に入りやすいのか、相手がどんな表情や身振りをしているか、パッシングをしているかなどからの判断が求められます。これは、交通ルールを知っているだけではできないことです。

:一方で、現在の自動運転の主流はセンサーとカメラによるもの。アメリカの有名なプレイヤーの自動運転車などを見ると、20個くらいのカメラやセンサーがついています。けれど、それだけではまだ足りない。いわゆるLevel 5の完全自動運転を実現するには人間の脳と同等レベルのAIが車に搭載されている必要があるんです。

──さらに、Turingでは自動車のハードウェアも作っているんですよね。

:ソフトウェアだけでなく、ハードウェアも自分たちで作ることにこだわっています。車づくりにおいては、このふたつの領域の行き来が大切だと考えているんです。これまでの製造業の世界ではソフトウェアやAIのことがわからないことが圧倒的に多く、ソフトウェアの業界は車などのハードウェアの作り方がわかりませんでした。僕らにとって最も大切なのは、このハードウェアとソフトウェアを仲良くすることだと考えています。そのために、自らがハードウェアを理解したり、越境人材を増やしていくなどさまざまなことに取り組んでいます。

:実際に、Turingには優秀な人材がどんどん集まってきています。山本さんが有名であることはもちろん、掲げているビジョンに共感する方がおおいのだと思います。若くて優秀な学生がインターンにきてくれて、そのまま就職することもしばしば。

──わくわくしますね。Turingの車に乗る未来のイメージが掴めてきました。

:そう遠い未来ではないと思っています。自動運転のレベルは段階的に上げて行きますが、少なくともTuringのバッジが付いた車体には、2年後には乗れるようにチーム一丸となって頑張っています。

勢いと愚直さを兼ね備えた起業家がつくる未来

──投資を受けた後は、お二人はどのような関係を築いていますか?

:話す機会は多いです。決まった会議は隔週での1on1、株主全員が参加する定例会議が月に一度ですが、僕はANRIが運営するインキュベーション施設「CIRCLE by ANRI」に毎日居るので、山本さんが出社している時はよく二人で話しています。

──1on1ではどんなことを話しているのでしょう。

:悩んでいることや、意思決定に迷っていることなどです。大体「いいんじゃない」って言われることが多いですが(笑)

:ソフトウェアに関することや細かな意思決定には、僕が口出しする価値は無いので方向性さえ変で無ければ「いいんじゃない」とだけ。組織に関することや、人に関すること、会社として進む方向をどう外部に伝えていくかなどは、経験をもとにアドバイスすることはあります。そういった困りごとを全部聞いた上で、山本さんやTuringチームが納得して前に進めるように一緒に考えるのが僕の役目だと思っています。

:人に関わる問題などは、自分でもバランスを失いがちだなと感じます。そういうことに対して、第三者的な視点を与えてくれるのが有難いですね。また、丸山さんを通して他の投資家がどう考えているかを理解することもできてきました。丸山さんはひとつひとつの質問や悩みに真摯に向き合い答えてくれます。5行くらいのテキストを送ると、それに30行くらいのレスが返ってくることも珍しくないんですよ。本当に真面目ですよね。

──丸山さんは投資家として、山本さんをどんな起業家だと捉えていますか?

:外から見れば、調達額が大きくメディア露出も高いので、「怖いものなし」に見えるかもしれません。確かにそれも山本さんの一面ですが、一方で愚直で繊細な一面もあります。山本さんのある種のカリスマ性は、この勢いと愚直さのバランスによるものなのだろうと思います。Turingも同じように、勢いよく拡大しているように見えるけれど、大勢の優秀な人間がすごいスピードでひとつずつ結果を積み上げながら前に進んでいる会社で、良いバランスで成長していると思います。

──Turingが完全自動運転の車を完成させた社会は、どんな風に変わるのでしょうか。

:まず、車移動が圧倒的に安全になります。そして、免許の有無に関係なく車に乗れるようになります。未成年、免許返納を考えている高齢者、ハンディキャップを持っている方、お酒を飲んだ人も。すると、車移動のあり方が変わりますし、車そのものも部屋のように変化していく。窓がいらないかもしれないし、車文化に興味がない人も楽しむ部屋のようになるかもしれない。

:移動の概念が変わりますよね。部屋から別の部屋に入るだけ、というような。使える時間が増えるでしょうし、車内でできることも増えていく。産業革命レベルの変化だと思います。20年後の人たちが「車って昔は人力でハンドルまわして動かしてたんだって」と言っているような世界が絶対に来ると信じています。

:車そのものを作ろうと思った理由は、こういったあらたな産業を生み出したり、その先にある未来を作りたかったからです。完全自動運転ができるAIができれば、それを応用してさらに他の発明を生むことができるでしょう。その先に僕が描いているのは、不老不死、人工子宮……今の倫理観には合わなかったとしても、必ず来る未来です。


──その未来への第一歩が、Turingの完全自動運転車なんですね。

:インターネット技術が普及してからの30年弱で、世界の時価総額ランキングから日本企業がことごとく消えてしまいました。いろいろな産業をリードしていた日本企業がグローバルトップから置いていかれていく中、唯一まだ日本が世界に誇れるのは自動車産業なのです。しかし、その日本の自動車産業でさえ、何もしなければあと5〜10年で吹き飛んでしまう可能性があります。そんな中、日本発で自動車産業の変革に挑むTuringは、僕に言わせれば「絶対に投資しなくてはならない」存在。未完成の市場で、完成品メーカーを目指している分、大成功の可能性も跡形もなく消えてしまう可能性もある挑戦ですが、その成功に賭けなければ日本がどんどん沈没していってしまう。日本の多くのスタートアップ企業にとっての「希望」的な位置付けになってほしいと思っています。

:Turingを見て、「自分もできる」という人を増やすのは、この会社を日本で興した理由のひとつです。私がもうちょっと頭がよければ、自動運転ソフトウェアだけを作っていい感じに上場する、なんていう方法もあったかもしれない。けれど、十分に恵まれた人生で、小さな幸福を追うのはもういいかな、と思うのです。文明を前に進め、若い世代に夢のあるバトンを渡していく。そこにもっと大きな幸福があるはずなんです。

( 写真・文:出川 光 )

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