Interview

「起業家を信じるのが僕らの仕事」ANRI×ナレッジパレット対談

株式会社ナレッジパレット

「ビッグデータを活用して細胞を操る」という事前情報からちょっと身構えていた私の前に現れたのは、とびきりの笑顔をたたえたナレッジパレットの團野宏樹さん(以下、團)。「びっくりしたでしょう?この人が團野さんですよ」とANRIの宮﨑勇典さん(以下、宮)も横で笑っています。お二人に細胞制御で目指す未来についてお話を聞きました。

株式会社ナレッジパレット(かぶしきがいしゃなれっじぱれっと)
「大切な人の大切な笑顔がずっと続く世界にしたい」という思いから立ち上げられたスタートアップ企業。世界最高精度の全遺伝子発現解析技術を応用し、さまざまな種類の薬剤や培地で処理した細胞の状態を大規模データとして取得し(細胞から情報を取り出す)、その情報を使って細胞を高度に制御する(情報で細胞を操る)ことにより、難病克服を目指す。

まだ解消されていない医療ニーズを満たす細胞制御の世界

──早速ですが、事業内容について詳しく教えてください。

:世界最高性能の遺伝子発現プロファイリング技術を活用して、創薬と再生医療を加速させる取り組みを行っています。これまで、細胞の状態を正確に診断できる技術が不足していました。なので、薬の候補となる物質が細胞にどのような影響を与えるのかや、再生医療として用いたい細胞がどういう機能を持っているのかを、明確に理解することが難しかったのです。これが医薬品開発の難しさに直結していました。
私たちは、細胞の状態診断能力が世界一高い技術を活用して、細胞のビッグデータ診断を行います。このデータを応用すると、例えば創薬では、どんな薬が病気で状態の良くない細胞を望ましい形で制御できるのかを、高いレベルで探すことができます。また再生医療においては、良い細胞の状態を生み出す細胞製造方法の開発ができます。これが私たちの考える、私たちの社会への貢献の仕方です。そのために、研究と実用化開発に取り組んでいます。

──実際に実用化されているものもあるのでしょうか?

:はい。すでに細胞のビッグデータ診断を始めています。

──なんだか未来の話を聞いているようです。具体的にはどんなことに役立つのでしょうか?

:医療が進んだ現代においても、アンメット・メディカル・ニーズと言われる、まだ満たされていない医療ニーズがたくさんあります。例えば現在の医療では治らない病気や、後遺症、慢性疾患などです。必ずしも難病でなくても、苦しいことはたくさんありますよね。私たちの技術によって、新しい薬や、安全で使いたいと思えるような再生医療が世界に増えれば、そのような問題が解消されていくはずです。具体的には、より安全でより効果的な医薬品を作ったり、本来十数年掛かるはずだった医薬開発に必要な期間を数年短縮したりといったことに活用できます。

──なるほど。宮﨑さんと團野さんはどこで出会われたんですか?

:共通の知人を介して知り合いました。僕と彼にはアメリカで生物学を研究している日本人同士のつながりがあって、彼の大学の同期である團野さんを紹介していただきました。

:ANRIのGood Morning Buildingでお話を聞いていただいて、焼肉にも行きましたね。投資家に会った時はみんなプレゼンをするものなのかもしれませんが、僕は事業や技術の説明をした記憶があまりありません。それよりも、これからどういうことがやりたいのか、なぜやりたいのかといった未来の話をしたのを覚えています。宮﨑さんもそれに自然に返してくれて、空気が合うなと感じていました。宮﨑さんはどうでしたか?

:研究者らしい方だなと思いました。仕事柄さまざまな起業家の方にお会いしますが、大きく見せようとしたり成果をオーバーに伝えてくれる人たちもいるんです。けれど、團野さんは正しく伝えようとされていて、まさに研究者らしい方だなと感じました。けれど、共通の知人がいい意味であまり研究者っぽい方ではないので、團野さんにも隠れた一面があるだろうなとは思っていました。まず、日本の普通の研究者は起業しませんから。

技術は一人歩きしてくれない

──「普通の研究者は起業しない」ものなんですか?

:そうですね。僕も研究者だった時はそういう選択肢すら知りませんでした。

──それをあえて起業すると決断したのはなぜでしょうか。

:いい技術を作っても、技術は一人歩きしてくれないからです。私が細胞の状態を診断する技術に確信を持ったのは、自分で解析したデータをディスプレイ上で見た時でした。「今この瞬間に、この細胞について世界で一番良くわかった」という実感がありました。これは実用化できるだろうし、自分で使いたいほどの綺麗なデータでした。一方で、それまでの技術開発の経験で、いい技術の多くが実用化されないまま眠っている現状を知っていました。技術は自分で歩いて行ってくれるわけでもなく、置いておけば誰かが拾ってくれるわけでもない。それならば自分でこの技術を社会的な意味で育てなければならないと思い、起業を決断しました。「私たちがやったことで、世界がより良くなる」ところが楽しいのに、それを放棄してしまったら楽しさは半減しますから。

:團野さんの起業は、他の研究者に一つのロールモデルを見せる意味でも有意義だと思います。團野さんがおっしゃったように起業する選択肢が一般的でない研究者の方も、團野さんが起業して楽しんでいる、成功している、お金持ちになっている様子を見たら「自分にもできるかも」と考えてくれるかもしれないですからね。

宮﨑さんがいてくれたから、大変だと思ったことがない

──投資家として宮﨑さんは、團野さんの事業をどう見られていましたか?

:この研究領域はとても盛り上がっていて、実用化される世界がいつかくるとは思っていました。彼らが発表していた、細胞を解析する技術を再生医療に役立てるというアプローチは、僕には全くイメージできなかったものでしたが、何度かミーティングを重ねていくうちにその景色を鮮やかに見せてくれ、さらに具体的なイメージを持たせてくれました。世の中のニーズにもアラインしているし、あとは「本当にできるか」だけです。

:僕は、必ずできるという手応えを持ってこの事業に取り組んでいます。新しい技術で課題を解決していく大切さは、誰もが理解してくださるところです。なので、あとは、私たちが努力をして、技術開発をして、実用性を証明するデータを出して、この技術を必要とする製薬業界などの方々に具体的価値を説明していくことの繰り返しだと思っています。

──このインタビューでは、「事業をやっていて大変だった時」のエピソードをお伺いしているんです。何か思い当たる時期やできごとはありますか?

:このインタビューに当たってご質問をいただいていたので、共同創業者の福田くんと考えてみたのですが、出てこなくて(笑)。難易度の高い壁はたくさんありましたが、いい時にいい人に出会えて、会社や取り組みに参加していただけたり、アドバイスをいただけたりして。なので大変だった時が思い当たらないんです。

:確かに、僕も彼らが窮地に陥っているところを見たことがありません。万事順調でなくても、結果オーライと言えるようなことばかりですね。

:大変なことはなかったと言えるのは、ANRIと宮﨑さんのおかげでもあるんです。

──というと?

:ANRIは僕たちの最初の、そして、シード期の唯一の外部投資会社でした。まず、資金面でとても大きな存在です。けれど、資金提供以外の部分でもたくさん助けられています。宮﨑さんはいつも親身になってくださって、たくさんの時間を割いて会社を良くする方法を話してくださるんです。そのお話の中で、他の会社を紹介してくださったり、オプションを示してくださったり、ビジネス以外の相談ごとも聞いてくださったり。シリアルアントレプレナーでない限り、起業家にとって起業は初めてのこと。それをいくつも見てきたベンチャーキャピタリストの目線でアドバイスしてくださるので、致命的な壁にぶつからずにすんでいるのだと確信を持って言えます。

──これまでにどんなアドバイスがありましたか。

:例えば、研究とビジネスのバランスについてや、どんな人をメンバーに招き入れたほうが良いかなどです。時には厳しいことを言っていただいたりもしますが、会社が成長していく過程を一緒に見守ってくださっているので、仲間のような存在だと感じています。

──宮﨑さん、聞いていていかがでしょう。

:僕は團野さんとの関係のあり方をフランクに保てるようにしています。研究者は、好奇心に満ち溢れていて、好きなことを突き詰めてやった人がなるもの。そんな人たちの邪魔をしても仕方がないし、もし本人たちを変えたい場合は情報をうまく共有して、ご自身で変わりたいと思ってもらわなければならない。事業をやれるのはあくまで起業家の方であって、僕らにできることは限られているんだと、忘れないようにしています。

──起業家を信じているからこそ取れる距離感ですね。

宮:そうですね。この技術を最も良く知っている人たちでできているチームですから、彼らにできないなら誰にもできないだろう、と言えるくらいの信頼を置いています。世界でもトップレベルの技術を持つメンバーが集まっている、家族のようなチームなんです。

──そんなチームと、團野さんが目指す未来はどんなものなのでしょうか。

:細胞の状態を世界で一番良く理解して、細胞を操って、その結果、世の中を良くすることを一つずつ重ねていきたいと思っています。僕らの技術を使って薬をつくってくださる製薬企業の方たちと一緒にプラットフォームを立ち上げることなども構想に入れています。僕らの技術で生まれる新しい薬や再生医療を最後に受け取ってくれるのは患者さん。数年後にはその手に技術を届けたいと思っています。

:團野さんがおっしゃるのであれば、できるでしょう。起業家を信じるのが僕らの仕事ですから。



(写真・文:出川 光 校正:梅本 智子)

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