Interview
CIRCLEが育む「圧倒的な未来」vol.1
ARCH、チューリング、NOTHING NEW
「未来を創ろう、圧倒的な未来を(Make the Future AWESOME)」をミッションに掲げるANRI。創業期スタートアップを支援し「未来」を創るため、インキュベーション施設、CIRCLE by ANRI(以下、CIRCLE)を運営しています。東京を一望できる六本木ヒルズのフロアに起業家同士が机を並べ、時に刺激し合い、時に助け合いながら共に事業を育てる熱気溢れる空間。1年の入居期間を終えてCIRCLEから旅立つスタートアップ3社に、未来のこと、そしてCIRCLEのことをお話いただきました。
株式会社ARCH 中井 友紀子
自らの不妊治療の経験からその受診体験や妊娠成績の低さに課題を感じ不妊治療分野で起業。「人生の選択肢を増やす」をミッションに、婦人科・不妊治療ソリューションを提供している。主な事業内容に婦人科・不妊治療に特化したサポートシステムの提供、開業支援、研究開発など。トーチクリニックのプロデュース・運営支援も行っている。
チューリング株式会社 青木俊介
日本に外貨を稼げる産業と、AIが起こす奇跡をもたらすため、『We Overtake Tesla』をミッションに、完全自動運転EVを世界に届けるチューリングを共同創業。2023年に自社開発のAI自動運転システムを搭載した車両を一般ユーザーに販売。AIとカメラのみを用いたハンドルのない完全自動運転車両の実現に向け開発を行っている。
NOTHING NEW 林健太郎
新しい挑戦が困難な映画業界で、クリエイターの才能が潰されない社会を作るためNOTHING NEWを創業。新進気鋭の作家と共に映画作品の製作を行いながら、才能と世界の映画市場を繋げていく。深夜0時から4時までしか作品を購入できない映画自販機「NOTHING NEW」や、VHSでショートフィルムを楽しめる喫茶店「TAN PEN TON」など、映画の新しい楽しみ方の提案にも挑戦中。
CIRCLEの会議室に集まった3名。取材が始まる前から、前置きなしで事業について、近況についてのおしゃべりが始まりました。それもそのはず、この3名はCIRCLEで共に創業期を過ごしたスタートアップの起業家同士。顔を合わせれば情報交換するのが当たり前になっていたのです。この取材では、それぞれの事業が作ろうとする「未来」から話を始めます。改めて3社の事業と、それが描く未来について伺います。
ARCHが創る未来
──「望む方全てが子どもを授かれる」
──まずは、ARCHが創る未来について教えてください。
中井:日本の出生数は急激に減っていて、2023年は75万8631人と8年連続で過去最低を記録しました。政府の予測では2030年に80万人を切る予定でしたから、約10年前倒しで減少が進み、かつ下げ止まっていません。一方で、日本は世界第2位の不妊治療大国で、年間50万回の体外受精が行われており、そのうち生まれてくるのは7万人だけ。ARCHは、望む方すべてが子どもを授かれるようにすることで、出生数を底上げしたいと考えています。
──恵比寿のクリニックは、その訪れやすさや高い妊娠率で評判だと伺いました。
中井:妊娠成績の高いドクターと手を組み、高い妊娠率を確立、予約やカルテ、決済システムにもこだわりました。不妊治療を妊娠する側だけが負担するのではなく、二人で向き合うことだと感じていただくため、内装や立地も便利で親しみやすいものに。不妊治療を「ふたりごと」にしていただくための工夫を凝らしています。
林:私は、正直こういった領域に挑むスタートアップがあることすら知りませんでした。CIRCLEで中井さんに出会い、社会課題にスタートアップらしく挑む姿を見て、勇気とエネルギーをいただきました。この領域を選んだのはなぜなのですか?
中井:私の個人的な経験からどうしてもこの課題を解決したいと思っていましたが、創業が難しいと思われた時もありました。しかし、昔から私を知ってくださっている方や、ANRIのみなさんが支援してくださったおかげでそれを実現できました。なので、領域を選んだというよりは支えていただきながら挑戦している、と言った方が良いかもしれません。
青木:CIRCLEで行われたプレゼンテーションで、中井さんがお子さんを抱きながら話しているのを聞いて、中井さんの人生や想いと起業が結びついているところがとても良いなと思っていました。まず、子どもを連れている起業家を初めて見ました(笑)
中井:あの日はベビーシッターの方が急遽来られなくなってしまったんです。普通であればプレゼンテーションをお休みするところですが、CIRCLEは「連れてきていいよ」と言ってくださって。こんな応援のされ方は、なかなかありませんよね。
子どもを抱いてのプレゼンテーションの様子を思い出しひとしきり盛り上がった3名。続いては、完全自動運転EVを開発するチューリングの描く未来について。
チューリングが創る未来
──「完全自動運転を実現し、日本がAIによる奇跡を起こす」
──チューリングの創りたい未来はどのようなものでしょうか。
青木:チューリングが作りたい未来は、大きくふたつあります。ひとつは、外貨を稼ぐ産業を日本から作ること。もうひとつは、AIによって世界が変わるという奇跡に立ち会える環境を日本にも作ること。日本に生まれたこと自体がデメリットにならない未来を、テクノロジー分野から作りたいと考えています。その上で、ぎりぎり実現可能性があるものがAIによる完全自動運転の自動車を作ることなのです。
──完全自動運転が実現されれば、私たちの生活も大きく変わりそうです。
青木:馬車が車に変わった時、生活はがらりと変化したでしょうし、携帯電話からスマートフォンに変わった時もそうでした。完全自動運転の実現により車は新しい空間として使われるようになり、私たちの生活を大きく変えます。
移動することや、都市と地方の概念すら変わっていくでしょう。例えば、車を持つことが部屋をもうひとつ持つことのようになりますし、移動中に運転ではなく趣味を楽しめるならば地方に住む方が良いということもありえます。
林:車という身近なテーマだからこそ、それが実現した時のことを想像するとわくわくします。移動中に映画を鑑賞できるとしたら、みたいな「次の移動で何をしよう」を起点に新しい発想が次々生まれそうです。
青木:そうなんですよ。移動中に運転する必要がなく、プライベート空間で趣味を楽しめるならば、移動時間のある郊外に暮らす選択肢にも新たな魅力が生まれます。
中井:私はチューリングの走行実験場にお邪魔して、実際にCOO田中さんの運転する自動運転車に乗せてもらったことがあるんですよ。自動運転が当たり前になれば、運転が苦手な方でも自動車を使う頻度が増えるかもしれませんね。
青木:運転する人が移動の主導権を持つことって、ありませんか? 例えば「ここに寄りたい」と同乗者が頼んで、運転する人が決めるというような。完全自動運転が実現することで、そんな概念もなくなるかもしれません。
運転する必要のないプライベート空間としての車。そんな魅力的なお題に「あれはできますか?」「これは?」とアイディアが尽きません。最後にお話しいただくのは、CIRCLEでもひときわ個性を放つスタートアップ、NOTHING NEW。
NOTHING NEWが創る未来
──「エンターテインメントの可能性を潰さない」
──続いて、NOTHING NEWが創る未来を教えてください。
林:現代は、ひと昔前ならフィクションとして描かれていたことが次々と現実になり、まるでディストピアの中で生きているような感覚がある人も多いと思います。私は、そんな時代だからこそ誰かの生きる希望にもなり得るエンターテインメントが必要だと感じます。そして、未来のエンターテイメントを創るのは、次世代を担う作家たちです。才能ある作家が一歩目を踏み出しやすい環境や、より自由に挑戦を続けられるシステムを作り出すことで、創造性豊かな作品に溢れる未来へと繋がると信じています。
かくいう私が映画を好きになったきっかけは、ハリウッドの大作映画ではなく高校の先輩が作った自主制作映画です。そのためか、人の心を撃つ作品に規模の大小や有名無名は無関係という感覚を持っています。誰かの創造性に触れる機会が増えればもっと豊かな世界になるはずだと信じてNOTHING NEWをやっています。
──若い才能を育てる試みとして、クリエイターへの還元を検討しているとか。
林:映画業界にはたくさんの課題があります。中でも、クリエイターとコミュニケーションを取らずに契約を行ったり、時には契約書すら結ばれず作品が発表されるケースも少なくありません。NOTHING NEWではクリエイターや関係者とコミュニケーションを取りながら、契約意識の見直しや新しい契約形態の模索を続けています。また今後長編映画を制作する際には、ヒットに応じてクリエイターにお金が支払われるシステムを構想しています。日本ではミュージシャンや漫画家は億万長者になれるイメージを持てますが、映画はまだそうなっていない。私たちのシステムを通じて、映画をチャレンジしがいのある夢のあるものにしていきたいです。
青木:NOTHING NEWさんはCIRCLEの中でも異色のクリエイター集団で、大学の集まりのような熱さがあっていつも羨ましいなと思っていました。映画を制作する時は、投資ポートフォリオを組む時のようにストーリーやジャンルを決めるんですか?
林:社会的背景をもとに時代性を想像して制作することはあります。例えば、現在公開中のホラー作品は、世の中に蔓延る不条理や、想像し得ない摂理が現代におけるホラーではないか、と考え制作をしました。ただ、数年後世界がどうなっていくかも予測できない今、一番大事なのは普遍性だと思います。
中井:最近では映画表現の幅が広がって、その体験が全く違うものになりつつありますよね。私の子どもは、気に入った作品を5回も観に行ったことがあります。香りや動きなどを再現できるようになったことで、テーマパークに行くような感覚で映画を楽しんでいるようです。
青木:インドの映画館は歓声や笑い声が起きたりしますよね。それに比べて日本の映画の楽しみ方はまだまだ画一的だなあ、と感じることも。
林:映画体験や映画館の存在がもっと見直されていくと考えています。飲みながら映画を見るのも良いし、1回3万円の映画上映があっても良い。まだまだ可能性があるはずです。
意外にも、中井さん、林さんが映画好きだということが判明。次々に飛び出す作品名に林さんも驚きと嬉しさを隠せない様子です。続く、未来をテーマにしたクロストークの話題は、林さんが持ち出しました。
未来の話 ──「AIが事業をどう変える?」
──ここからは、クロストークとしてみなさんに「未来」について自由に語って頂こうと思います。
林:AIがそれぞれの分野にどう影響を与えているのかが気になりました。映画業界では、ハリウッドで俳優たちが作品へのAI使用の規制を求めてストライキを行ったことも記憶に新しく、ネガティブな意見を持つ人たちも少なくありません。まさに、過渡期です。
青木:AIを扱う立場からすると、AIをどこまで使えるのかはわからないなと思います。チューリングでも、生成AIとデザイナーが協業してコンセプトカーを作りましたが、それが業界を変えることにはなりませんでした。ニュースにはなりましたが、既存の仕事を破壊するほどなのかどうかはまだわかりませんね。
中井:ARCHでは、事業運営の一部にAIを使うことはありますが、サービスの根幹には導入していません。ライトな記事の作成や業務の一部に使っているという感じで。AIは手段であってゴールではないので、業務に自然に組み込まれていくイメージを持っています。
林:映画制作では、ストーリーの作成やイメージボード制作の補助などに監督がAIを導入しているケースがあります。例えば自分たちも、ホラー映画を作る時に「どうやって湖に人を誘き寄せますか」とAIに質問すると、いきなり人間には思い付かないようなアイディアを出してきたりする。感情で考えていないからこその、怖い発想ができるのだと思います。他にも、映画ポスターをAIを用いて作成したところ、デザイン性が話題を呼び興行に繋がったことも。冒頭ではマイナス部分からお話ししましたが、予測不能な面白い世界線の始まりに立たされている感じがします。
青木:技術の進化は止められないので、人間がそれを受け入れて進歩していくはずです。そういう意味では、いい時代に生まれたなと感じていますよ。これまで人間が手を動かしてきた世界を知りながら、それが全て代替されていく特異点を見られるのは、幸運だな、と。
それぞれの分野でのAI活用。すでに始まっている未来に対し語り合いながら、そのスペシャリストである青木さんが明るい視点を示してくれました。話は、さらにさらに先の未来に移っていきます。
未来の話 ──「100年後にやりたいことは?」
──AI技術はすでに始まっていることですが、少し遠い未来についてはどう考えていますか? 例えば、100年後など。
中井:100年後には、私たちが今思いつくことは全て叶っていると思います。例えば、不妊治療では子どもを授かれるのは当たり前で、疾患を遺伝子レベルで治療することも当たり前になっているでしょう。きっと、出産そのものが「自分で産みたい人はそれができます」という世界になるのではないでしょうか。
青木:面白いですね。私は妊娠の負担を軽減する選択肢として人工子宮の開発や、人類の文明をさらに発展させる方向性としての不老不死などに興味があります。起業家が分野を変えるのはよくあることですから、完全自動運転実現後の未来でもいろんな挑戦をしていきたいと思っています。
中井:あとは倫理観の問題だけで、技術的には可能になる日が来るでしょうね。ところで、不老不死が限りなく可能になったら、お二人は何歳まで生きたいですか?
青木:難しいですね。人間としてのピークを過ぎた時、それをちゃんと認識できるのかが怖い。例えば70歳になって「あいつ邪魔なんだよな」と思われたくないなと思います。
林:超長生きできたとしても、そこまで働きたくはないですね(笑)。楽しみながら役割を全うして、いつか自分の挑戦が社会にとって不要になって終えられたらベストだなと。
中井:そうしたら、残りの人生をどう過ごそうかなと考えてしまいませんか? 私は、子どもが巣立って世界一周旅行を何度もやって、宇宙にも行って、その後何をすればいいんだろうと時々途方もない気持ちになります。
林:そうなった時の夢があるんですよ。仲間うちでお金をわけて、それを1週間で使い切って映画を作って、スイスの山の上でそれぞれの作品を夜空のスクリーンに投影しておいしいお酒を飲む、っていう(笑)。お二人ならどんな作品を作りますか?
青木:私自身は仕事で未来を創っていると思っています。なので映画を作るなら、敢えて過去に焦点を当てたいですね。関ケ原の戦いとかにドーンとお金使って人間模様を描くとか。
中井:私は子どもの声をテーマにした作品がいいな。子どもの声って本当に可愛くて、かけがえがないんですよ。
林:どちらもAIやテクノロジーでは代替できないところに価値があるのが、面白いです。私は、100年後テクノロジーが加速して全てが代替されると、一部の人は物質的なものに回帰したり、より手触り感のあるものや、非効率なことに時間をかけたくなるのではないか、と思っています。
青木:生活が効率化されると、違うことを求めるのは人間の性(さが)のようなものですよね。完全自動運転が当たり前の社会になれば趣味として車のハンドルを握ってレースする人が出てくるでしょう。
中井:テクノロジーの進化によって、効率化されるものと、体験として残るものが分かれていくんですね。
3名の作る映画が夜空に上映される日を思い描きながら、その内容や映画の作り方に花が咲きました。描く未来が三者三様でありながら時々重なる部分があり、全く違う領域を手がける3名がCIRCLEで出会ったことの奇跡のようなものを感じさせるクロストークでした。
さて、インタビューはいよいよ終盤へ。CIRCLEを卒業した今、そこでの時間や経験をどのように振り返っているのでしょうか。
CIRCLEが創った未来──「“健全な嫉妬”はあった?」
──CIRCLEでは、入居者同士の“健全な嫉妬”が生まれることを目指しています。そのような場面はありましたか。
林:私にとっては、スタートアップ業界の方達と人生で初めて触れ合ったのがこの場所でした。全く違う領域にチャレンジしていても、同じ志を持っている人がいることに希望を感じました。決定的な課題があり、それに挑む会社がある。そのこと自体に、閉鎖的な業界にいた私はとても勇気づけられました。
青木:私も勝手に似たものを感じていましたよ。ある夜作業をしていたら、後ろから「やばい、やっちゃった、どうしよう」という声が聞こえてきて、振り向いたらNOTHING NEWの映画制作チームだったんですよね。「そういうことあるよな、頑張れよ」って言いたかったけど、ぐっとこらえました(笑)。私は『バクマン。』が好きなので、クリエイターをプロデュースする人生ってどんな感じだろうと羨ましく感じていました。すぐ後ろで会議をしているのが聞こえるから、いい刺激になるんですよ。
中井:物理的に距離が近いことで、良いライバル意識を持てましたよね。チューリングさんと資金調達の話になり、「うちはお金が使えないんですよ」と話したら「調達額で見たらうちの20分の1の挑戦しかしてないね!そのお金、うちならすぐに使ってあげるよ」って言われて。投資いただいたお金をきちんと使わなければと思わされたこともありました。
青木:こちらが相談したこともありましたね。CTOとCOOの関係をどうするかや、社内の役割分担など、社内にも社外にも言えない悩みを相談するのに、CIRCLEで出会った起業家はぴったりの相手でした。
林:場所の力も大きかったです。スタジオにこもるのではなく、たくさんのスタートアップが入居するカオスな環境でアニメーションを制作できたのがとても良い経験でした。良い刺激にもなったし、元気をもらえたとCIRCLEでずっと作業していたアニメーターが口を揃えて言っていました。
中井:ぽろっと悩みを言うと誰かが解決してくれますしね。単なるアドバイスではなく、同じことで悩んだ仲間が、具体的なフィードバックをくれたり、時には人を紹介してくれたり。
青木:そして何よりANRIのメンバーがとても明るいのがよかったです。悩みを言えば大抵「大丈夫大丈夫!」と答えてくれる。
中井:CIRCLEで過ごせたのがとても貴重な経験だったんだなと改めて感じています。ちょっと寂しくなっちゃいますね。
林:今日の対談でもたくさんの気づきがありました。もっと早くすればよかった(笑)。またCIRCLEで集まりましょう。
スタートアップの創業期という唯一無二の時間をCIRCLEで過ごすことの意義は、全く異なる分野のスタートアップの仕事を隣でただ感じられることなのかもしれません。それは単なる刺激でも、アドバイスの相手でもなく、社内、社外どちらでも得られない仲間との絆のようなもの。それを手にしてCIRCLEから旅立つ3社が、「圧倒的な未来」を創っていきます。
( 写真・文:出川 光 )
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