Interview

「10年後の当たり前に君がなる」ANRI×HarvestX 対談

HarvestX株式会社

「これ持ってきました」とHarvestX代表の市川友貴(以下、市)さんが紙袋から取り出したのは、なんといちごのかぶりもの。「もちろんかぶるでしょ」ANRIの元島勇太(以下、元)さんが即座に受け取り、瞬く間にお二人がいちごに変身。あまりの息の合い方に大笑いしたところからこの取材は始まりました。

HarvestX株式会社(はーべすとえっくす)
2020年8月に設立。植物工場における果菜類の完全自動栽培や虫媒授粉の代替技術の確立を目的とした、各種ロボットの研究・開発を行う。中でもいちごに注目し、授粉と収穫というこれまで人間の負担やミツバチへの依存が大きかった作業を自動化するロボットの開発を進める。

いちごの授粉と収穫を行うロボット

──いちごの授粉と収穫ができるロボット、聞いただけでも夢が広がりますね。まず事業のことを教えてください。

:2020年の8月にHarvestXという会社を起業しました。果菜類の植物工場を実現させるために、授粉と収穫ができるロボットの開発を行っています。

──収穫は想像がつきましたが、授粉もロボットで行えるんですね。

:具体的には、ブラシのついた接触型のロボットによる授粉アプローチ方法をとっています。花の検出をして、ロボットアームにブラシのついた装置で擦って受粉させる。初めは収穫に注力するつもりでいたんですが、植物工場を手掛ける会社の方にお話を聞いて授粉が課題になっていると気付き、このような形になりました。

:市川さんがすごいのは、このアイディアを学生のうちから実装し始めていたことなんです。アイディアとして思いつく人は他にもいるかもしれませんが、かなり難易度の高い実装をすでにやってのけていたところに勢いを感じました。

ぶっとんだ魅力を持っていた

──お二人の出会いはどこだったんですか?

:「未踏」という経済産業省が主催しているクリエイター発掘プログラムがあって、そのDemo Dayに僕が観客として参加したのが出会いでした。さまざまな参加者の中で、市川さんが一番ぶっ飛んでいた。研究としてやっているのではなく、本当に実現するつもりでやっているんだなと伝わってくる、一種のマッドな魅力を感じました。

──当時から起業するつもりがあったのでしょうか。

:研究はしていましたが、起業はアメリカにある植物工場をこの目で見てからにしたいと思っていたので、2、3年後のつもりでいました。

:僕は当時から、起業するなら出資させていただきたいと思っていましたよ。アメリカに行ったとしても1年くらいで帰ってきて起業するだろうと予想していました。この人は自分でやっちゃう起業する人だろうな、という感覚を持ちながらずっと付き合ってきた感じです。

:その植物工場を手掛けている会社とは業務委託の契約をして、リモートで半年くらい働かせていただいたんですが、世の中の状況的に渡米が難しくなってしまって。一方で、その半年で自分でもやれるかもという感触も持てたので起業を決めて、「ついに会社を作ります」と元島さんにお話しました。

:放っておいても起業するだろうと予想していたので、やっぱりという気持ちと、それでも起業をたきつけた自覚はあったので、しっかり支援したい気持ちがありました。市川さんがこの決断をしたのはちょうど緊急事態宣言が初めて発出されていたた頃で、なかなか実際に会って支えられなかった時。描いていた計画が予想外のことで狂ってしまって、苦労しただろうなと思います。

──起業する時点で、市川さんに可能性を見出していた理由は他にもありますか?

:人を巻き込む能力です。学生ベースではあるけれどチームアップもすでにできていて、実際に足を使って協力企業やパートナーを集めていた。工学部の学生らしいちょっとオタクな少年だと思っていたけれど、この巻き込み力にはものすごい伸び代があるなと感じました。

HarvestXの現在地

──起業からまだ1年たっていませんが、現在の事業はどのような段階にあるのでしょうか。

:HarvestXは去年の8月に起業して、年末にシード投資した会社なので、まだ本当に初期の研究開発フェーズなんです。チームアップや資金調達などの壁にぶつかるのはこれからだと思いますが、現在は開発スピードをいかに保つかの段階と言えるでしょうね。ある意味、楽しくて仕方のない時期。

:そうですね。具体的な実証実験を重ねているところです。いちごの授粉と一口に言っても、その方法には超音波を使うものや、花粉を噴射するものなどもあるんです。さまざまな手法を検証して、現在は一つのカメラで精度高く花を検出し授粉させられるところまできています。

──手法を絞るなどの方向性を決める時に重視していることはありますか?

:植物工場の中で実用化できるロボットを作るという点です。例えば先ほどお話しした超音波で花を揺らして受粉させる方法や、花粉を噴射する方法では、授粉はできても工場自体をクリーンに保つことが難しいです。現在のモデルも、工場で動く状況を想定して作っています。

場を通して支援するANRIのスタイル

──起業前から親交のあったお二人ですが、市川さんにとって元島さんはどんな存在でしたか?

:頼りにできる兄貴のような存在です。目上の人というよりも、同じ目線でものを考えてくれて一緒に戦ってくれる兄貴分。事業についての議論も、いい意味で気軽にお話させていただいています。

:いやあ、嬉しいですね。そうありたいなと思っていたので。年は一回りくらい離れているので、横に並んでいる存在だと思ってもらえるのは本当に嬉しい。

──兄貴分としてこれまでに最も力を貸してくれたのはどんな時でしたか?

:場所問題に直面した時です。作っているロボットがかなり大きく、当時のモデルは大型の冷蔵庫くらいの大きさがありました。それを置く場所が見つからなくて、プロジェクトを継続する上でかなりのピンチだったんです。当時はまだ起業もしていないので、単なる学生の研究。いろいろなものづくりの施設を間借りしていたんですけれど、それも難しくなった時に、元島さんがさらっと「ネスト本郷に置いたらどう?」と言ってくれたんです。まだ出資もしていないプロジェクトにこんなことまでしてくれるのかと驚きました。

:実物を見に行って、面白いなと思って即決で申し出ました。魅力的なこのプロジェクトを助けたい気持ちもありましたし、当時渡米準備をしていた市川さんが時々帰国する際の拠点になれば、会うのが楽になるなという下心もありました(笑)。ANRIの本郷オフィスでもあり、インキュベーション施設でもある『ネスト本郷』は、創業期の有望な起業家にうまく使ってもらうために、便利なところに広めの場所を用意しているので迷いはありませんでしたね。

:実際にロボットを置かせてもらってから気づいたのですが、ネスト本郷には、自分たちの前を歩いている先輩起業家の方がいて、彼らに気軽に話しかけられる環境はありがたかったです。取り組みそのものや、資金調達をどうやっているのかなども相談できました。起業というと自分のチームメンバーだけで戦うものだと思っていましたが、いろいろな方に接しながら一緒に戦っていけるんだと学んだ経験でした。元島さんご本人だけでなく、環境で後押ししていただいたような感覚があります。

:遠隔で働くことが当たり前になりつつある、こういう時だからこそ、実際に集まれる場所があることが大切なのかもしれません。高校や大学の放課後に仲間と気軽に話したような時間を、ANRIが提供するスペースで作れたらいいなと思います。

10年後の当たり前になる

──HarvestXが目指す未来について聞きたいです。さきほど元島さんが「これから壁にぶつかる」とおっしゃっていましたが、どんなことが待っているんでしょうか。

:研究開発をしている段階は、自分たちの能力でちゃんとものごとを前に進められるので、楽しい時期でもあります。けれど、これが実用化の段階になって外向きの仕事が増えてくると、周りになかなか理解してもらえなかったり、あるいは逆に真似しようとする会社が出てきたり、はたまた組織の問題が起きたり、他にも今までとは全く違ったいろいろな問題が出てきます。そういう時に、市川さんが持っている情熱がアドバンテージになる。まだまだ市場が見えない中で信じた未来を目指して着実に進む市川さんに、他の企業が対抗しようとしても難しいはずです。今後は、いろいろな問題が起きてきた時に、その情熱を失わず前に進み続けることができるかを試されるようになると思います。

:ありがとうございます。確かに、果菜類の植物工場が当たり前になる未来を実現したい気持ちは誰より強いかもしれません。今研究開発している授粉ロボットが誕生することに、スポットライトが当たらなくてもいい。僕らのロボットができることで、果物工場や野菜工場が当たり前になればいいと考えています。

:僕らANRIは、10年後、20年後に当たり前になっているものに投資することを意識しています。食料問題などを踏まえて未来を想像すれば、葉物の植物工場だけでなく、果菜の植物工場は必ず必要になるはずです。ただ、今はトッププレイヤーが決まっていないだけで。HarvestXがそのトッププレイヤーになるために、一緒に走りたいと思います。


(写真・文:出川 光 校正:梅本 智子)

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