Interview
CIRCLEが育む「圧倒的な未来」vol.3
e-lamp.、YStory、ユアトレード
「未来を創ろう、圧倒的な未来を(Make the Future AWESOME)」をミッションに掲げるANRI。創業期スタートアップを支援し「未来」を創るため、インキュベーション施設、CIRCLE by ANRI(以下、CIRCLE)を運営しています。このCIRCLEでたくさんの起業家に囲まれた貴重な1年を過ごしたスタートアップ3社に今回もお集まりいただきました。それぞれが事業を通して創る「圧倒的な未来」とは。「未来」から想起されるさまざまなことや、CIRCLEについてお話いただきました。
株式会社e-lamp. 山本愛優美
「もしも「心」が可視化されたら、社会はどう変わる?」という問いを起点に代表が慶應義塾大学環境情報学部での心理学・感性工学研究から着想した、ドキドキに合わせて光るイヤリング型脈拍フィードバックデバイスe-lamp.を開発する。「日常に、新たな感情コミュニケーションを」をミッションに、感情と関連性の高い「生体情報」を可視化し共有する体験を提案している。
株式会社Ystory Janet Yu
ヘルスリテラシーの向上および、ポジティブエイジング実現のために最先端の技術を提供している。女性健康のプラットフォームを創出し、女性たちの人生ストーリーがより豊かなものになるようサポートしている。更年期女性の健康をサポートするスマートフォンアプリ「JoyHer(特許出願中)」を提供。更年期の包括的な管理を行う初めてのアプリとして、更年期女性たちが直面する健康課題や特有のニーズに応えている。
ユアトレード株式会社 柳澤裕人
日本企業の海外販売をサポートすることを目指し、2022年8月から、越境EC含む海外販売で返品となった商品を、現地で回収・保管・再販を行うサービス(以下、返品再販サービス)を台湾から開始。販売チャネルとして現地有力ECサイトの他、自社で運営を行うアウトレットオンラインストア『nomino』で販売を行い、廃棄される運命だった商品がより良い形で次の購買者と出会う機会を提供している。
今回の取材前の会議室は、これまでの取材とは一味違う雰囲気。それもそのはず、今回のインタビュイーの山本さんが手がける、e-lamp.の実物が持ち込まれたのです。脈拍信号で感情を測り、その色を変えるデバイスをつけてみると、Janetさんも柳澤さんも「ドキドキ」していることが判明。取材への期待が高まった証拠でしょうか。ひとしきり盛り上がったところで、今回の取材が始まりました。まずは、このインタビューシリーズ恒例、それぞれが描く未来からお話を聞きます。
e-lamp.が創る未来
──「誰もがときめきを伝えられる」
──まずは、e-lamp.が創る未来について教えてください。
山本:私が創りたいのは、誰もが自らのポジティブな感情を共有できる未来です。私はもともと「ときめき」の感情にとても興味があり、それを可視化する手段があったらいいなとe-lamp.を考案しました。例えば、Web会議サービスには、ハートや拍手のアイコンで簡単に感情を伝える機能がありますよね。e-lamp.がそんな風に感情を伝える選択肢の一つになればいいなと思っています。
──e-lamp.は、イヤリング型のデバイスで耳たぶの脈拍を測り、それに合わせて色が変わるのですよね。未来では、これらがどう変化していると考えますか?
山本:現在はその時の脈拍に合わせて色が変わりますが、これから機械学習を活用して感情を判定する精度をあげていきたいと思っています。つけている人の詳細なコンディションがわかるようになれば、医療や介護の現場でも活用される可能性もあるかもしれません。
また、アクセサリー型のデバイスにこだわらず、感情を可視化するサービスを広く提供できるようになりたいと思います。例えばAR技術が進化したら、話している時に(机の上の空間を指して)ここに感情を表せるエフェクトを出せるような未来になったら面白いなと想像しています。
Janet:私は社交的なタイプではないので、例えば恋愛の場面で、両思いの時にお互いのe-lamp.がさりげなく光ったらいいな、と思いました。また、感情を言葉で伝えられない赤ちゃんや動物の気持ちがわかったら嬉しいですね。
柳澤:それは面白いですね。私は、自分の感情を可視化するのに便利だなと思いました。私は感情が動いてもすぐにフラットに戻るタイプなので、自分でも気づかない感情の機微をデバイスが教えてくれたら面白いなと思います。
YStoryの創る未来
──「女性を役割や年齢から解放したい」
──続いて、YStoryが創る未来について教えてください。
Janet:YStoryは、女性が更年期障害に悩まされず、自分らしく生きられる未来を創ります。そのために、セルフケアアプリ「JoyHer」と、メディカルサイエンスを生かしたデジタルセラピューティクスの研究に取り組んでいます。更年期障害は、その年を迎える女性のほとんどが経験するにも関わらず、時には離職せざるをえなくなるほど深刻なものです。ジェンダーバランスの問題から自分の時間が取りづらく、やっと自分の時間ができたとたんに更年期障害の症状が出てやりたいことができなくなってしまう方も珍しくありません。「JoyHer」で症状を自覚し、更年期障害が深刻化する前に病院にかかることを促すなどして、そのようなことの起きない未来を創りたいです。
──「JoyHer」のアプリは、どのようなものなのでしょうか。
Janet:アプリ上で毎日の自分の身体の状態を、更年期障害の症状、身体や肌の状態など細かく記録することができます。ユーザーはそれらの状態に合わせてパーソナライズされたセルフケアのティップスを受け取ったり、更年期障害の症状の発生頻度などを可視化し改善に取り組むことができます。アドバイスやティップスには最先端のAIテクノロジーとメディカルサイエンス、専門家の知識が活かされています。
山本:アプリのUIがとても可愛らしいですね。私が更年期を迎えるのは15年くらい先ですが、その頃にこの未来が当たり前になっていたら安心して仕事ができるだろうなと思います。周りの女性経営者の方から、健康と経営の両立の難しさを教えていただくことが多いので、ひとりのユーザーとして頼もしく思っています。
柳澤:誰かの人生に寄り添うサービスであることが素敵だなと思いました。人口動態から考えると、更年期と向き合いながら働く人はこれから必ず増える。その中で、更年期は暗いものだという先入観を払拭し、誰もがそれをポジティブに受け入れながら働けるようになれば社会にとってもインパクトがありそうです。また、更年期を迎える女性だけでなく、一緒に働く同僚や、採用する会社などにも良い影響があるのだろうと想像できます。
ユアトレードが創る未来
──「日本の製品をもっと海外に」
──最後に、ユアトレードが創る未来を教えてください。
柳澤:ユアトレードは、国際流通事業を行なっています。現在は、日本から輸出され、返品などの理由で海外に滞留する在庫を独自のECサイトなどで販売するサービスを台湾で展開しています。この現地再販の仕組みは今後アメリカでも展開していく予定です。また、このシステムを応用して、日本の企業がひとつのシステムに登録するだけで世界中のチャネルで商品を販売できるサービスをリリースしようとしています。登録から5クリックで世界中のECサイトに掲載できれば、日本の製品がもっと海外に出ていけるはず。それが私の創る未来です。
Janet:再販事業というコンセプトがとても面白いですね。なぜこれをテーマにしたのですか?
山本:私は、最初の展開先に台湾を選んだ理由が気になります。
柳澤:まず、再販事業を選んだのは私の原体験からです。商社時代、鉄道を海外に売っていて、1本25mある鉄のレールを太平洋を超えてアメリカに送ったら「錆びているから」と返品にあい、現地で再販するか捨てるしかないという窮地に立たされたことがありました。その時「同じ問題が他でも起きているのでは」と考えたのがこのテーマを選んだ理由です。
サービスを台湾から展開したのは、日本から近いこと、日本の商品が売れやすいことから、台湾が日本の商品販売の登竜門的な国だからです。また、「1週間以内ならば理由がなくても返品できる」法律があるため、再販事業との相性が良いと考え、まずは台湾でサービスを展開することにしました。
三名とも、お互いの事業に興味津々。経営者の視点、ユーザーの視点を行き来しながら質問や感想を語り合いました。それぞれの事業について理解を深めたところで、話はそれぞれのサービスがもたらす具体的な未来の話に。
未来の話──「私たちの事業がもたらす変化」
──みなさんのサービスが浸透すると、具体的にどんな変化が訪れるのでしょう。例えば、「この人の1日がこう変わる」といったイメージを持っていますか?
山本:科学雑誌『Nature』に2022年に掲載された論文で、惹かれ合う男女の心拍はシンクロしているという研究結果が報告されています。e-lamp.で脈拍のシンクロ率を可視化すれば、婚活パーティーやお見合いで行われているマッチ率が上がるかもしれませんし、そのプロセスも変化するかもしれません。また、「好き」という感情を表せるようになれば、それを好きな人にだけ見せることもできるはず。そうすると「告白」以外の手段で恋愛が始まることもあるかもしれません。
柳澤:面白いですね。シンクロ率を色で表せれば、同じ色の人を探してマッチングする婚活パーティーなんかができるかも。
私が具体的に持っているイメージは、例えばものづくりの家業を持つ人がそれを立て直す時のワンシーンです。国内の販路だけではなく海外を視野に入れようと決断したら、その日に世界中に向けて商品を販売できる。日本の伝統工芸やメーカーなどの商品を商社を介さずに海外で販売するのが当たり前になる未来がきたらいいなと思っています。
Janet:すごくクリアなイメージで、素敵ですね。私が描くイメージは、Co-FounderであるSherryさんの具体的な体験からきているものです。彼女は40歳で月経が止まり、病院を受診したところ更年期障害が始まっているかもしれないことがわかりました。周りより若くして更年期障害の症状が出たことで、大変な苦労をしたのだそうです。私が描いているのは、中高年の女性がそういった辛い思いをせず、社会の中心になって働く未来です。仕事の中心的なポジションを担ったり、新しい趣味を始めたりと、中高年の女性そのものへのイメージも変化するのかなと想像しています。
それぞれの事業が叶える近い未来の話をしていると、事業の原体験が見え隠れし、対談は熱を帯びていきます。その間ピカピカ光るe-lamp.に触発されて、話は未来のコミュニケーションに移っていきました。
未来の話──「未来のコミュニケーションはどうなる?」
──ここからは、少し範囲を広げて未来についてざっくばらんにお話いただきたいと思います。例えば、未来のコミュニケーションはどんなものになっていると思いますか?
山本:やっぱりテレパシーができるようになってほしいですよね。もはや直接脳にデバイスを入れて、明らかな感情も、言語化しきれない感情も、すべて伝えられたらいいなと思います。みなさんはいかがですか?
Janet:面白いですね。身体にデバイスが入っていたら、あらゆる身体の数値をリアルタイムに計測して、その日にとるべき行動を全てAIが指示する未来が来るかもしれません。ある意味、身体との新しいコミュニケーションですね。また、私たちのサービスが向き合っている更年期障害だけでなく、毎日のコンディションや感情までもをコントロールできるようになれば、悩みがなくなって人柄が変わることもあるかもしれません。
柳澤:これは本で読んだのですが、狩猟が生活の中心である人間に比べて、先進国の人間の集中力は8分の1程度なのだそうです。たとえば脳同士でコミュニケーションできるようになると、脳が情報量に追いつかずに、人間がもっと散漫になってしまうかもしれません。その時提供されるサービスがどのようなものなのか、お二人はどう考えますか? 僕は、原点回帰的な揺り戻しがあるのではないかと思います。「儲かる!」よりも、「なんかこれいい」「猫ちゃんかわいい」みたいな感情に訴える部分が重要になるのではないかな、と(笑)。
山本:e-lamp.をやっていると「自分の感情がよくわからない」という感想をいただくことがあります。柳澤さんが仰るように情報が溢れすぎていて、自分の心の動きがわからなくなっているのかな。その反動があるとしたら、自分の心や感情を大切にする文化やサービスがトレンドになりそうです。
Janet:私たちのサービスが浸透した未来では、感情をうまく伝えたり、流通の困りごとに悩んだり、自分の病気やケアに悩むといった煩雑な時間がなくなっていくはず。そうすると、本当の自分や、自分の時間、もともと持っていたリアルな感情を大切にすることが重要視される未来になるのかな、と想像しています。
三者三様のサービスが、悩みや不便を取り除いた結果、辿り着くのはプリミティブな感情や人間らしいあり方を大切にできる未来。「誰か」を思い浮かべてサービスを創る三名らしいお話に花が咲きました。後半に向かって、ここからはCIRCLEに入居していた一年を振り返っていただきます。
CIRCLEが創った未来──「“健全な嫉妬”はあった?」
──みなさんにとって、CIRCLEはどんな場所でしたか。
山本:挑戦している人たちがすぐ隣にいる、心強いコミュニティです。会社を経営する上で大変なことが起きたり悩んだりしている時に、CIRCLEの誰かに相談するだけで一瞬で解決することが何度もありました。感謝の気持ちを抱いていると同時に、まだまだCIRCLEの環境を活用して学び、成長していけるのではないかと思っています。
Janet:私は、前職を辞めた直後に起業してCIRCLEに入ったので、「何がスタートアップなのか」から始まり、起業に必要なこと全てをCIRCLEから学びました。悩んでいればすぐに投資家の方がサポートしてくれますし、わからないことだらけの経理や法律のことは、CIRCLEに定期的にいらっしゃる専門家を頼らせてもらいました。ゼロから起業した私にとって、なくてはならない場所でした。
柳澤:私は、CIRCLEのおかげで前向きさと安心を保つことができました。起業は自分一人で戦っている気持ちになりがちですが、CIRCLEで他の起業家と交流し「一人じゃない」と思えたのは大きな収穫でした。例えば、この間メンタルヘルスケアのセミナーで、他のCEOがみんな「悪夢で目が覚める」と聞き、自分だけがそうではないのだととても安心できました。起業家同士で悩みを率直に打ち明けられるのはCIRCLEならではだなと思います。
──CIRCLEは、運営で目指していることに“健全な嫉妬”を掲げています。みなさんがこれを感じた場面はありましたか?
山本:実は、最初は「私が嫉妬していいんですか?」という気持ちで、“健全な嫉妬”を感じることはありませんでした。けれど最近は、CIRCLEで出会うみなさん全員に嫉妬しています。CIRCLEに入居できたことで、最初は叶わない存在だったみなさんに、嫉妬できるくらいまで成長できたのだなと感じます。
Janet:私は嫉妬する瞬間の連続だったように思います。周りの会社の資金調達がうまくいったり、採用できたのを聞いたりする度に「資金調達の資料を見せてくれませんか?」「どのサイトを使って採用していますか?」と聞いて回り、その度にたくさんのことを教えていただきました。羨ましさを活かし事業につなげるのが、“健全な嫉妬”なのではないかと思います。
柳澤:私は長く事業会社に勤めたので自分に似ている人に囲まれてきました。そのため、CIRCLEで自分と全く違う領域やキャリアを持った方を見ながら仕事ができるのがとても面白い経験でした。リラックスしているけれど前向きな雰囲気がある、このCIRCLE独特の空気感が“健全な嫉妬”を生んでいるのだと思います。
取材を終えて、今日の感想を尋ねてみると「もっと早くこの会をやりたかった」「もっと話を聞きたかった」「相手の事業のアプローチが面白かった」と次々に話してくれた3名。その高揚した様子を見ているだけでも、CIRCLEが起業家を熱くする場所であることが伝わってくる取材でした。印象的だったのは、最後に柳澤さんが話してくれた「CIRCLEは、そこを出てみると、その独特な前向きさがわかってくる」という言葉。入居しなければわからない、CIRCLEのポジティブさ。それが“健全な嫉妬”の源なのかもしれません。
(写真・文:出川 光)
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